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穂高で天狗になりたい!
白出沢編
奥穂〜西穂〜焼岳
  縦走の記録
  2002年
9月24日〜26日
 誰にでも山を始めたときから、何時かは行ってみたい所というのがあるのではないだろうか。私の場合は南岳から北穂までの大キレットがそれだった。10数年ぶりに山を再開して、表銀座で足慣らしをしたあとの2000年に、槍から穂高岳山荘までの縦走を果たして夢を実現することができた。
次は…と考えたとき、何の迷いもなく浮かんできたのは、奥穂から先を続けることだった。
 奥穂から西穂への縦走。
 山の地図には実線でなく破線で描かれていたり、ガイドブックには危険度が3ツ星・技術度が4ツ星で表されていたりするコース。レストランなら美味しくてイイ感じの星の数なのだが、山にこれだけ星がつくと美味しくはないらしい。どちらかというと口に苦しの良薬タイプのようだ。そんなところにキレット縦走の翌年にホイホイと出かける気にはならず、2001年から2002年はOBSや京都雪稜クラブで修行の日々を送る。沢にたくさん出かけてザックを背負った岩登りにも少し慣れたので、秋晴れの続く日を待って決行となった。

 縦走コースは白出(しらだし)沢から始めることに決めた。新穂高から右俣林道を経て白出のコルにストレートに行けるので上高地だ横尾だ涸沢だとウロウロしなくていいのだ。それに人も少なそう。コースタイムが合計で9時間もかかるというところへ、いくらブームとはいえ好き好んで来る人はないはず。その予想は半分当っていたが、半分は完全にハズレだった。
 まず、確かに人は少なかった。この日、白出沢を上ったのは私を入れて3名のはず。それもあい前後して。しかし、登山界を席巻している強力パワーは存在した。その人は退職後に山を始めて3年目というオジさんなのだが、この人、穂高は初めてなのに表の上高地〜涸沢〜ザイテンではなく、いきなり裏を登っているのだ。抜きつ抜かれつで話をしてみると奥穂に登るとのこと。奥穂以外の知識はほとんどないようなので、奥穂から吊り尾根を通って前穂を往復しても時間的には問題ないですよと言ったところ、12時に穂高山荘を出て16時過ぎには帰ってきてしまった。新穂高から穂高岳山荘まで私が5時間半かかったところを5時間で上ったその足で、である。いやはや恐るベシ。
白出沢は、前半は樹林帯の緩やかな登りで始まり、白出沢に架かる重太郎橋を渡ってから傾斜が増してくる。橋から約200mは白出岩切道と名付けられた岩をへつる細い道がつけらている。再び樹林帯に入り荷継沢を渡ったところからナナカマドなどの潅木がしばらく続き足元はガレて傾斜も増してくる。右側にジャンダルムなど奥穂から西穂の稜線が見え隠れし始める。いよいよ来たなぁと嬉しくなってきた。奥穂と涸沢岳に挟まれた凹部に穂高岳山荘の石積みが見え、沢はそこに向けてどんどん狭まって行く。ガレの岩にはマーキングがされているがよく見落としてルートとは別のところを歩いていたりする。傾斜はいよいよキツクなり、そこに見えているコルは遠い。歩いては止まり歩いては止まりを繰り返しながら少しづつ高度を稼ぐ。振りかえると笠ヶ岳の山頂が視線の正面に近づいている。もうすぐだ。
 ところで地図のコースタイムなのだが、普段は8掛けで計算してほぼその通りの時間で目的地に到着している。今回の新穂高〜穂高岳山荘は地図のコースタイムが9時間(新穂高〜白出小屋2時間・白出小屋〜穂高岳山荘7時間)となっているが、私もかのハイパワーオジさんも休憩時間込みで5時間と少しで到着してしまっている。もう一人、林道で私を抜いて白出小屋からも先行した若いお兄さんはもっと早く着いているはず。このコースタイムは、明らかな間違いなのでは…と思ってしまう。ちなみに私の上りのピッチは300m/1時間で20分で100m上がっていることになる。写真も40枚近く撮ったので三脚を出したりしてけっこう止まってもいたし。コースタイムが大幅に違ってきたので、心ならずも穂高岳山荘には11時過ぎに着いてしまった。日没までどうすればいいんだ、昭文社さん
PART 1
PART2へ続く
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Mountain
朝日を浴びる笠ヶ岳
樹林帯
荷継沢出合
重太郎橋・左が岩切道
笠を振りかえる
僅かに残った雪渓、奥には…
PART 4と+αまで
あるよ!!